12 〜ていく・〜てくる

移動を表す表現にはいくつかありますが、「行く」と「来る」は補助動詞 としての用法を持つ点で文法的に重要です。補助動詞としての「〜ていく」と「〜てくる」(この場合は普通ひらがなで書きます)には、話し手など文中の特定の人物の視点を基準にした空間的な移動の方向性を示す用法と、特定の時点からの出来事の時間的推移や展開のとらえ方を表す用法があります。
日本語は、出来事の空間的方向性や時間的なとらえ方を話し手の視点の位 置との関係において表す傾向の強い言語ですが、「〜ていく・〜てくる」は こうした関係を表す上で重要な役割を果たしています。

1.「(て)いく・(〜て)くる」の空間的用法1:主体の移動

(1) その飛行機は、西から飛んできて、東へ消えていった
(2) 演奏会にこの間買った服を着ていった
(3)(電話) A:途中でお酒を買ってきて。 B:じゃあ、買っていきます

これだけは

●「(〜て)いく」は話し手の発話時の位置から離れていく遠心的方向性を持つ動作・出来事に、「(〜て)くる」は話し手の発話時の位置の方へ向かってくる求心的方向性を持つ動作・出来事に対して基本的に使います。

          行く/ていく
話者        →→→→→→→→
          ←←←←←←←←
          来る/てくる
近----------------------遠

話し手が聞き手の方へ移動することを伝える場合、英語ではcomeを使いますが、日本語では「(〜て)いく」を使います。

(4) 明日10時にそちらへ{○行く/×来る}とき、ワインを{○買っていきます/×買ってきます}。

●「〜ていく・〜てくる」は前に来る動詞の性質によっていくつかの用法に 分けられます。

①「歩く、走る、泳ぐ、飛ぶ」などに「〜ていく・〜てくる」が付いた 「歩いていく」などの場合
「歩く」などは移動の様式を表します。

(5) 向こうから田中さんが歩いてきます
(6) 道が混んでいるから、バスを降りて駅まで走っていった

「歩く」などは単独でも移動を表しますので、第三者の移動や話し手みずからの過去の移動を特定の場面から離れて客観的に表現する場合には、「〜ていく・〜てくる」なしで用いるのが普通です。

(7) 昨日は時間があったので駅から家まで{○歩いた/?歩いてきた}。

移動の場所は「国道を走ってきた」のようにヲ格で表します。運動の場所を表すデ格名詞句を伴った「川で泳いできた」は③の用法です。

②「着る、(靴を) はく、(眼鏡を)かける」など、特に身に着けることを表す動詞の場合
「〜ていく・〜てくる」はこれらの動作の結果の状態を伴って移動することを表します。「持っていく・持ってくる」「連れていく・連れてくる」もこの用法であると考えられます。

(8) 今日のパーティーにはどの服を着ていこうかしら。
(9) 持ってきたものは自分で持ち帰りましよう。

③「食べる、買う」など一般的な動作を表す動詞の場合
「〜ていく・~てくる」は「食べる、買う」などの動作の後に生じた移動を表します。

(10) A : おかえりなさい。食事は?
        B : 駅前で食べてきた
(11) 昨日はパーティーに行く途中でワインを買っていった

(10)のように「食事」に着目している場合や(ll)のように「買う」という動作の後の移動に特に着目されていない場合には、「食べた」や「買った」だけでも表すことができますが、次の(12)のように移動に着目したり(13)のように 「買う」という動作の結果が発話の場所まで残っている場合には、「〜てい く・〜てくる」を用いたほうが自然です。

(12) (電話で) A: 遊びに来てくれるのはうれしいけど、今、家には何も食べるものがないから何か{○食べてきて/?食べて}ね。
       B:じゃあ、軽く{○食べていく/?食べる}よ。

(13) A : お帰りなさい。
        B : お土産{○買ってきた/?買った}ぞ

特に、ある動作が発話の場所以外で行われる (または行われた)ことを表 す場合には「〜てくる」を伴った表現のほうが自然です。

(14) A : 出かけるの?
        B : うん。そこのコンビニまで。
        A :じゃあ、ジュースを{○買ってきて/?買って}。

(15) A: どこ行ってきたの?
        B:コンビニでジュースを{○買ってきた/?買った}。

あいさつ表現の「行ってきます」もこの延長でとらえられます。

(16)(あいさつ)行ってきます

もう少し

●初級では問題になりませんが他に次のような用法があります。

④「(においが)する、聞こえる」に「〜てくる」が後続すると、知覚情報の到達を表します。

(17) 隣の家から変なにおいがしてきました
(18) お寺から鐘の音が聞こえてきます

これらは「においがします」や「聞こえます」と同じ意味を表します。「〜 ていく」にはこの用法はありません。また知覚でも視覚的な「見えてくる」 は時間的な用法になります。
他に「やってくる」や「ついていく・ついてくる」のように全体で意味を持ち、これ以上分けることができない動詞もあります。

2.「〜てくる」の空間的用法2:対象の移動


(1) 実家からお米を(私に){○送ってきた/×送った}。
(2) 大学のときの友人が手紙を(私に){○書いてきた/×書いた}。
(3) 田中さんが私に電話を{○かけてきた/×かけた}。

これだけは

●「品物を送る、手紙を書く、電話をかける、届ける」など対象の移動を表したりそれに準ずる移動の意味を持つ動詞は、話し手の方向への移動をそのままでは表すことができません。この場合必ず「〜てくる」を使います。

もう少し

●「教える、預ける、貸す、売る」も「送る」などと同じように、基本的に「[人] が [人]に[もの] を〜」というパターンを取る動詞ですが、これらの動詞に「〜てくる」は付かず、付いても「必要ないのに〜した」のような 強意的な意味を帯びるのが普通です。これはこれら「教える」などの動詞には受け手側を主語にした「教わる、預かる、借りる、買う」という表現があるためです。

3. 「〜ていく・〜てくる」の時間的用法

(1) 日本で学ぶ留学生の数が増えてきた。これからも増えていくだろう。
(2) 国に帰ってからも日本語の勉強を続けていくつもりです。

これだけは

●空間的な位置関係を時間軸上に移して、基準時以前から基準時への推移・変化を表す場合には「〜てくる」が、また基準時から基準時以後への推移・ 変化を表す場合には「〜ていく」が用いられます。
   →→→→→   話者    →→→→→
   てくる           ていく
   →→→→→→→→→→→→→→→→→→→
   以前      基準時   以後

基準時が現在・過去・未来のいずれであるかによって、「〜てくる・〜ていく」のテンス (→S5) が変わってきます。

● 「増える、変わる、(雪が) 解ける」など変化動詞と共に「〜てくる・〜 ていく」を用いると、段階的な意味が出てきます。

(3) 太陽が出たので、だんだん雪が{○解けてきた/?解けた}。
(4) 積もった雪も昨日1日ですっかり{?解けてきた/○解けた}。

もう少し

●このような時間的な用法はアスペクト (→S6) として扱われるのが普通ですが、空間的な位置関係の応用と考えられます。

もう一歩進んでみると

●対象の移動を表す動詞には、「〜てくる」の代わりに「〜てよこす」とい う言い方が可能な動詞もあります。

●日本語は英語などと比較して話し手の視点から表現する傾向が強く現れる言語です。話し手に視点を置く表現には二つの方法があります。一つは話し 手を主語にする方法で受身文や「〜てもらう」文を用います(→S11、S30)。 もう一つは文の中の話し手を主語にしないで話し手への方向性を表す形式を 用いる方法で「〜てくる・〜てくれる」を用います。

●このような視点に関する代表的な研究としては大江三郎(1975)と久野瞳 (1978)があります。

○参考文献
大江三郎(1975)『日英語CD比較研究」南雲堂
久野 瞳(1978)『談話D文法」大修館書店